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福岡高等裁判所 昭和36年(う)623号 判決 1961年12月22日

被告人 森重信男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(弁護人の)控訴趣意一(訴訟手続の法令違反)について。

まず、所論は、原判決挙示の田中清の司法巡査に対する供述調書は、原審において刑事訴訟法第三二一条第一項第三号により証拠能力を認められたものであるが、右法条は、憲法第三七条二項の保障する刑事被告人の証人に対する反対尋問権を不当に奪う結果を招来する規定であるから、憲法の右規定に違反し無効であつて、右供述調書は証拠能力を有しない、というのである。

しかしながら、憲法第三七条第二項は絶対に例外を許さない趣旨ではなく、合理的な考慮による例外を認めないものではない。そして、刑事訴訟法第三二一条第一項第三号のような要件で右憲法第三七条第二項の例外を認めることは充分合理的な理由があるものと解されるので、所論の違憲の主張は採用できない(昭和三〇年(あ)第八八一号昭和三二年一月二九日第三小法廷判決刑集第一一巻第一号三三七頁参照)。

つぎに、所論は、右刑事訴訟法第三二一条第一項第三号によつて証拠とするには、その供述が特に信用すべき情況の下になされたものであることが認められなくてはならない。ところで、原判決挙示の前記田中清の司法巡査に対する供述調書についてみると、(1)田中清は当時酒に酔つて本件現場附近を売春婦を物色しながら徘徊していたものであり、(2)同人は被告人に対し「今晩は遅いからどこか泊るところはないか。よい女はいないか。自分は年増がよいが世話できないか。」と話したものであり、(3)同人は右供述調書作成に際し司法巡査に対し自己の住所氏名を偽つて告げ帰宅を急いだ事実が認められるので、以上の諸事実によれば、自称田中清なる人物が右供述調書作成に際し自己の社会的面子とか家庭に判ることを恐れその場限りの言い逃れをした疑が濃厚であり取調官の誘導的な質問にも容易に同調したであろうことは経験則上も推察に難くない。したがつて、このような状況下に作成された右田中清の司法巡査に対する供述調書は、その供述が特に信用すべき情況の下になされたものであるとは到底認められないので、証拠能力を有せず、証拠とすることができないものである、というのである。

そこで、検討するに、本件証拠によれば、所論のように自称田中清なる人物が夜間売春婦を求めて徘徊し被告人に対し売春婦の周旋を求めたものであり、同人が自己の住所氏名を偽つたことを認めることができるが、原判決挙示の田中清の司法巡査に対する供述調書は、その作成に際し取調官の誘導がなされたことも認められず、その内容も被告人の検察官に対する供述調書の内容と符合し、また被告人と田中清との本件交渉を現認し被告人を逮捕した警察官板井信幸の原審証人としての供述ともほゞ符合するので、右所論のような状況があつたとしても、右田中清の司法巡査に対する供述調書は、刑事訴訟法第三二一条第一項第三号の特に信用すべき情況の下になされたものということができ、これを証拠として挙示した原判決には違法はない。論旨はいずれも理由がない。

同三(法令適用の誤等)について。

所論は、本件当時、被告人は田中清から売春婦の世話を依頼されたが、被告人は、客の依頼によつて旅館またはバーを案内する目的でいたもので売春婦を周旋する目的でいたものではなく、したがつて田中の依頼に応じて売春婦を世話する意思はなかつたものである。かりに、被告人が田中の右依頼に応ずる意思があり、それに応ずる言動をしたとしても、売春防止法第六条第二項第一号の「勧誘」とは積極的に売春の相手方となるように働きかけることをいい、遊び客から依頼されそれに消極的に応じたゞけでは勧誘したとはいえないので、被告人の行為は右勧誘には当らない、というのである。

そこで、検討するに、原判決挙示の証拠によると、本件当時、田中清は売春婦を求めて本件現場附近を徘徊中被告人を認めて「良い女はおらんか。」と売春婦の周旋を依頼したところ、被告人は、売春婦を周旋する目的で「大将の気に入る女を世話しましよう。二七、八歳位の年増の気に入つたのがおりますよ。身代は二、〇〇〇円です。」といつたところ、田中が「一、五〇〇円にまけろ。」といつたが、被告人は「まけられません。」といい、さらに田中が「泊るところはどこだ。」といつたのに対し、「泊るところはすぐそこのまつみ旅館です。」といつて、田中をつれて約一〇米歩いたところを、警察官に発見されたものであることを認めることができる。そして、売春防止法第六条第二項第一号にいう「勧誘」とは、売春の意思のない者や売春の意思はあつてもこれを表示していない者に売春の相手方となるよう積極的に働きかけることのみではなく、売春の意思をもつて売春婦の周旋を依頼する者に対しこれに応じて具体的に売春婦を周旋するためさらに交渉する等これに必要な行為をすることをも含むものと解するのが相当であり、前記認定の被告人の行為は右後者の意味において前記法条の勧誘に当るものであることは明らかであるから、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 古賀俊郎 中倉貞重 矢頭直哉)

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